普通になろうとしていた

マヤ暦

私は昔、

ずっと「普通になりたい」と思っていました。

気を使いすぎない人になりたい。

人から妬まれない人になりたい。

どこへ行っても自然に人と馴染める人になりたい。

そんなふうに思っていたんです。

なぜなら私は、

昔からなぜか人から妬まれることが多かったから。

中学生の頃もそうでした。

社会人になってからも、

上司や社長に評価されると、

なぜか周りとの関係がギクシャクしてしまう。

だから私は、

できるだけ目立たないようにしていました。

気を使う。

空気を読む。

波風を立てない。

それでも、

なぜか同じことが起きる。

私は本気で、

「なんで私は何をやっても妬まれるんだろう?」

と思っていました。

だから、

気を使いすぎる自分を変えたいと思っていたんです。

でも今思うと、

私が本当に変えたかったのは、

気を使う自分ではありませんでした。

「妬まれる自分」

だったんです。

どうしたら嫌われないんだろう。

どうしたら妬まれないんだろう。

どうしたら普通に生きられるんだろう。

ずっとそんなことを考えていました。

そしてもう一つ、

私は長く続けることが苦手だと思っていました。

仕事も人間関係も、

合わないと感じると離れてしまう。

だから、

「我慢が足りないんじゃないか」

と思うこともありました。

でも今は、

少し違う見方ができるようになりました。

無理をしてまで続ける必要はない。

自分を偽ってまで、

嫌な場所に居続けなくてもいい。

合わないなら離れてもいい。

そう思えるようになったんです。

マヤ暦を学んでから、

私は初めて知りました。

気を使うことも。

違和感に敏感なことも。

人と少し感覚が違うことも。

全部、

直さなければいけない欠点ではなかったんだと。

もちろん今でも、

人からどう思われるか気になることはあります。

仕事をするなら、

「CHIELIに任せてよかった」

と思ってもらいたい。

そう思う自分もいます。

だから、

何も気にならなくなったわけではありません。

でも、

昔のように

「自分が悪いんだ」

とは思わなくなりました。

もしマヤ暦に出会っていなかったら、

私は今でも、

人の顔色をうかがいながら生きていたかもしれません。

自分のことを好きになれず、

もっと普通にならなきゃと思い続けていたかもしれません。

でも今は、

普通になろうとしなくていいと思っています。

私は私。

それでいい。

そう思えるようになったことが、

私にとって一番大きな変化だったのかもしれません。

空気は読める。でも、違和感を飲み込めなかった

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