先日、以前書いた「マヤ暦とは?」という固定ページの内容を変更しました。
読み返して最初に感じたのは、
「スピリチュアル要素が強くて、今の私らしくないな」
ということでした。
もちろん、書かれていることが間違っているわけではありません。
当時の私は、学んだことを忠実にアウトプットしなければいけないと思っていました。
「使命」や「魂が決めてきた役割」といった言葉も、教わったことをそのまま伝えようとしていたのだと思います。
それも、学び始めた頃には大切なことだったのかもしれません。
でも、今読み返してみると、マヤ暦を学んでいない人にはイメージしにくい言葉が多く、少しわかりにくく感じました。
何より、私自身がスピリチュアル要素の強い話を聞くと、内容が頭に入ってこないタイプです。
だから、
「これは今の私の言葉ではないな」
と思ったのです。
「決めつけがない」ところが好きだったはずなのに
私がマヤ暦に惹かれた理由の一つは、決めつけがないことでした。
KINナンバーや紋章には、それぞれ特徴やキーワードがあります。
でも、それをどう受け取るかは本人次第。
「あなたはこのKINナンバーだから、絶対にこういう人です」
と決めるものではない。
私は、そんな自由なところが好きでした。
ところが、実際に活動を始めてみると、
「この人はこのKINナンバーだから、こうだよね」
という言い方を耳にすることが増えました。
特に、今でも忘れられない出来事があります。
ある人から、
「CHIELIさんは、絶対に一番になることにこだわりがあるはず」
と言われたことがありました。
私はこれまで、周りから妬みやひがみの対象になりやすく、いわゆる「出る杭は打たれる」という経験を何度もしてきました。
だからこそ、一番にならないように気をつけていたところがありました。
そのことを伝えても、
「いや、白い魔法使いは絶対に一番が好きなはず」
と言い切られました。
すごく嫌でした。
私が実際に感じてきたことよりも、紋章の特徴を優先して決めつけられたように感じたからです。
そのとき私は、
「自分は絶対に、こんな伝え方をするアドバイザーにはならない」
と決めました。
腹は立ちました。
でも今振り返ると、その出来事があったからこそ、自分がどんなふうにマヤ暦を伝えたいのかが見えてきたのだと思います。
嫌な出来事ではあったけれど、捉え方を変えると、私の方向性を教えてくれた出来事でもありました。
私自身も、決めつけていた
だからといって、私は人を決めつけたことがないのかというと、そんなことはありません。
腹が立ったときに、
「この人、この紋章なのに、なんでこんなことを言うんだろう」
と思ったことがあります。
感情的になっているときほど、KINナンバーや紋章を使って相手を見てしまっていたのかもしれません。
人から決めつけられて嫌な思いをしたのに、私自身も似たようなことをしていた。
そのことに気づいたとき、すごくモヤモヤしました。
マヤ暦は、人を理解するためのものだったはず。
それなのに、人を分類したり、決めつけたりするために使ってしまったら、私が大切にしたかったものとは違ってしまいます。
だから今は、KINナンバーや紋章の特徴を、
「この人はこういう人」
と決める答えではなく、
「こういう見方もあるかもしれない」
と考えるための、一つのヒントとして受け取っています。
我慢して上に行くことは、私の望むことではなかった
マヤ暦の活動を続ける中で、結果を求められるようにもなりました。
もっと上に行くこと。
収入を得ること。
多くの人に伝えること。
そのために、私は本当はやりたくなかった 自分らしくない営業をしたりしていました。
周りからいろいろ言われても、我慢していました。
そんなとき、「もっと上を目指すなら、周りから何を言われてもあなたが我慢する必要がある」という言葉をかけられました。
その言葉を聞いたとき、ぷつっと我慢の糸が切れました。
「真実」や「私の気持ち」を蔑ろにされたように感じたのです。
もっと上に行くためなら、嫌なことも我慢しなければいけない。
結果を出すためなら、自分らしくないこともしなければいけない。
当時の私は、どこかでそれを当たり前だと思っていたのかもしれません。
でも、本当にそうなのだろうか。
我慢し続けてまで手に入れたいものなのだろうか。
自分の心に聞いてみると、答えは「違う」でした。
私はその環境から離れ、マヤ暦の活動も一度手放すことにしました。
自分の気持ちを整理するために、いったんしっかり距離を置くことが必要だったのだと思います。
マヤ暦で一番心に残ったのは、知識ではなかった
活動を辞めたからといって、マヤ暦を学んだことが無駄になったとは思っていません。
むしろ、学んだからこそ得られたものがたくさんあります。
でも、私が一番心を動かされたのは、
「このKINナンバーには、こんな特徴がある」
という知識ではありませんでした。
物事は、捉え方によって変わる。
そのことを知ったことです。
同じ出来事でも、
「嫌なことが起きた」
だけで終わることもできます。
一方で、
「あの出来事があったから、自分が大切にしたいことに気づけた」
と受け取ることもできます。
起きた出来事は変えられません。
でも、その出来事を自分の人生の中でどう受け取るかは、自分で選ぶことができます。
この考え方を知ってから、私はずいぶん生きやすくなりました。
だから今、私がマヤ暦を通して伝えたいのは、使命や役割を見つけることよりも、
自分の捉え方を見直してみること
です。
「こうしなければならない」は、本当にそうですか?
以前の私は、
学んだことは忠実に伝えなければならない。
上に行くためには我慢しなければならない。
結果を出すためには、やりたくないこともしなければならない。
そんな「〜ねばならない」を、たくさん抱えていました。
でも、それは本当に私が望んでいたことではありませんでした。
周りの当たり前が、自分にとっての正解とは限りません。
誰かが決めた成功が、自分にとっての幸せとも限りません。
我慢して続けることだけが、正しい選択でもありません。
私は今、マヤ暦を特別なものとして重く捉えるのではなく、自分や相手を理解するための一つのツールとして、軽やかに受け取っています。
スピリチュアルな言葉をたくさん使うよりも、私自身が実際に経験したことや、現実の生活の中で役立ったことを伝えたいと思っています。
今回、昔の記事を読み返して感じたのは、
「自分らしい記事ではなかったな」
ということでした。
でも、それに気づけたのは、昔の自分から今の自分へ、考え方が変わってきたからです。
昔の記事を書いた自分も、そのときは一生懸命でした。
だから否定する必要はありません。
ただ、今の私は今の言葉で伝えたい。
あなたが今、
「こうしなければならない」
と思っていることは、本当にそうでしょうか。
それは、自分が心から望んでいることですか。
それとも、誰かの正解や、周りの当たり前を受け入れているだけでしょうか。
一度、自分の心に聞いてみてください。
捉え方を変え、自分がどうしたいのかを優先して行動してみることで、人生は思っている以上にラクになるのかもしれません。
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