私は以前、
「なんでみんな何も言わないんだろう」
と思うことがよくありました。
空気はわかる。
波風を立てたくない気持ちもわかる。
でも、
“違和感をなかったことにする”
ことが、
私にはどうしてもできなかったんです。
例えば以前、
会社員として働いていた頃。
社長から、
「会社に対する改善点を出してほしい」
と言われたことがありました。
私は最初、
「特にありません」
と答えていました。
だって、
社長に改善点を直接伝えるなんて、
普通に考えたら気を使うし、
言いづらい。
でも社長から、
「いや、何でもいいから出してほしい」
と言われたので、
私は、
“強いて言えば…”という形で、
改善点を伝えたんです。
すると後から、
他の人たちは全員、
「特にありません」
と答えていたことを知りました。
しかも私は、
そのことで社長から評価されて、
そのことで、
同僚から妬まれることになりました。
そのとき営業さんから言われたんです。
「いくら社長から頼まれても、
そういうことを言うのはCHIELIさんだけ。
みんな言わないものなんだよ。」
って。
私はそのとき、
「え?そうなの?」
と思いました。
でも今思うと、
私は昔から、
“頼まれたことに対して誠実でいたい”
気持ちが強かったんだと思います。
だから、
空気を壊したいわけじゃない。
波風を立てたいわけでもない。
でも、
「聞かれたからちゃんと答える」を、
なかったことにはできなかった。
私は、
空気が読めないわけじゃなくて、
むしろ、
相手がどう思うかはすごく考えるし、
言い方や伝え方もかなり気をつけるタイプです。
でも、
“違和感を飲み込んで、
なかったことにする”
ことが、
どうしても苦しかった。
そしてそれは、
仕事だけじゃありませんでした。
私は昔から、
「嫌なら、そこから離れればいい」
「変えたいなら動けばいい」
と思うタイプでした。
だから逆に、
「できない」
「無理」
「私なんか」
と言いながら、
ずっと苦しい場所にいる人を見ると、
「なんで動かないんだろう?」
と思ってしまうこともあります。
もちろん、
人にはそれぞれ事情がある。
簡単に動けないこともある。
それもわかります。
でも私は、
“我慢し続ける”
より、
“動いて変える”
を選ぶタイプだったんですよね。
マヤ暦を学んでから、
そういう感覚も、
「性格が悪い」とか「変わってる」ではなく、
“自分の性質”
なんだと思えるようになりました。
だから今は、
無理に周りに合わせて、
違和感を飲み込もうとするより、
「私はこう感じるタイプなんだな」
と思って付き合えるようになった気がします。
もし今、
「なんで自分だけ、
こんなことが気になるんだろう」
と思っているなら、
それは、
あなたがおかしいわけではなく、
“見えているもの”や
“大事にしているもの”が、
周りと少し違うだけなのかもしれません。

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