私は、
損をしない生き方ができる人ではありませんでした。
周りに合わせれば、
もっとラクだったかもしれない。
同調すれば、
もっと好かれたかもしれない。
我慢して続けていたら、
もっとお金もあったかもしれない。
でも私は、
どうしてもそれができませんでした。
なぜなら、
損をすることより、
自分に嘘をつくことの方が苦しかったからです。
例えば、
学生の頃のいじめもそうでした。
私は、
いじめられるのが本当に嫌でした。
でも、
だからといって、
誰かをいじめる側にはなりたくなかった。
周りから、
「あの人を無視しよう」
と言われても、
私は従いませんでした。
すると今度は、
私がターゲットになる。
そんなこともありました。
正直、
しんどかったです。
人間不信にもなりました。
それでも、
私は人をいじめる側にはなりませんでした。
転職も同じです。
私は昔、
転職を繰り返していました。
履歴書を書くたびに、
職歴が増えていく。
「私は続かない人なんだな」
そう思っていました。
もし我慢して続けていたら、
今より経済的に余裕があったかもしれません。
もっと安定した人生だったかもしれません。
でも、
理不尽なことを受け入れることができませんでした。
好き嫌いで態度を変えること。
妬みや僻みで人を攻撃すること。
裏切ったり、
陥れたりすること。
そういうことに、
私はどうしても納得できなかったんです。
もちろん、
世の中にはいろいろな人がいます。
それも今はわかります。
でも私は、
自分を偽ってまで、
そういう場所に居続けることができませんでした。
だから辞めた。
だから離れた。
昔は、
そんな自分を
「我慢が足りない」
と思っていました。
でも今は違います。
私は、
続かなかったのではなく、
納得できなかっただけなのかもしれません。
そして、
マヤ暦を学んでから、
その感覚が少しずつわかるようになりました。
私はずっと、
周りに合わせられない自分を直そうとしていました。
目立たないようにする。
嫌われないようにする。
空気を読む。
できることも、
できないふりをする。
でも、
そうやって生きることは、
私にとってとても苦しいことだったんです。
マヤ暦を学んで知ったのは、
自分の性質を否定しなくていいということでした。
気を使うことも。
違和感を感じることも。
行動してしまうことも。
全部、
私の一部だったんです。
だから今は、
周りに合わせることより、
自分が納得できるかを大切にしています。
もちろん、
今でも損をすることはあります。
もっと要領よく生きた方がいいのかな、
と思うこともあります。
でも、
もし人生をやり直せるとしても、
私はきっと同じ選択をすると思います。
いじめには加担しない。
理不尽な場所からは離れる。
自分に嘘をついてまで、
誰かに合わせない。
なぜなら、
私にとって一番大切なのは、
自由だからです。
そして、
その自由は、
好き勝手に生きることではなく、
自分に嘘をつかずに生きること。
それが、
私がずっと大切にしてきたものなのだと思います。

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