「マヤ暦って当たるんですか?」
そんな質問をいただくことがあります。
でも私は、
その質問にすぐ答えることができません。
なぜなら、
私にとってマヤ暦は、
「当たる・当たらない」
で考えるものではなかったからです。
正直に言うと、
最初は私も怪しいと思っていました(笑)
私はもともと、
占いをあまり信じるタイプではありません。
だから、
「マヤ暦」と聞いた時も、
「なんだか怪しいなぁ。」
というのが最初の印象でした。
そんな私が興味を持った理由は、
「未来がわかるから」
ではありません。
私が惹かれたのは、
「決めつけがない」
という考え方でした。
「人にはそれぞれ持って生まれた性質がある。
だから、人と違ってもいい。」
その考え方に、
ずっと自分を責め続けてきた私は救われたんです。
私は長い間、
「なんで私はうまくいかないんだろう。」
そんなことばかり考えていました。
気を使いすぎること。
頑張りすぎること。
妬まれやすいこと。
人と少し感覚が違うこと。
全部、
直さなければいけないことだと思っていました。
でもマヤ暦を学んで、
「自分を変えること」ではなく、
「自分を知ること」が大切なんだと思えるようになりました。
それだけでも、
私にとっては大きな変化でした。
ところが、
アドバイザーとして活動するようになると、
少しずつ違和感を覚えるようになりました。
「決めつけはありません。」
そう教わっていたはずなのに、
いつの間にか、
「あなたは〇〇だから。」
「このKINだからこういう人。」
そんな伝え方が周りに増えていたんです。
そして気づけば、
私自身も、知らないうちに同じような伝え方をしていました。
その瞬間、
「これって私が本当に伝えたかったことなんだろうか。」
そんな疑問が心に浮かびました。
私は、
人を型にはめるためにマヤ暦を学んだわけじゃない。
その人を決めつけるために伝えたいわけじゃない。
「だから今まで苦しかったんだね。」
そうやって、
自分を理解するきっかけになればいい。
私はずっと、
そんなふうに伝えたいと思っていたんです。
だからこそ、
自分が一番大切にしたかったことから、
少しずつ離れていくような感覚がありました。
その違和感を、
見て見ぬふりすることはできませんでした。
だから私は、
一旦マヤ暦から離れることを選びました。
でも、
マヤ暦そのものを嫌いになったわけではありません。
むしろ、
離れたからこそ、
自分は本当はどう伝えたいのかを考える時間になりました。
組織を離れてからも、
少しずつ発信を続けていると、
「その伝え方が好きです。」
「決めつけないところが安心します。」
そう言ってくださる方が現れました。
その時、
私は気づいたんです。
誰かと同じ伝え方をしなくてもいい。
私には私らしい伝え方がある。
そして、
そんな伝え方を求めてくださる人もいるんだと。
だから今、
私はもう一度、
自分らしい形でマヤ暦を伝えていこうと思っています。
なぜなら、
私が救われたのは、
スピリチュアルな話ではなく、
「物事の捉え方」
だったからです。
何か嫌なことが起きた時、
昔の私は、
「なんで私ばかり。」
「私の何が悪いんだろう。」
そう考えていました。
でも今は、
「この出来事は、
私に何を伝えようとしているんだろう。」
「この経験は、
これからの人生にどう生きてくるんだろう。」
そう考えるようになりました。
もちろん、
悲しい時は悲しいし、
腹が立つこともあります。
でも、
感情だけで終わらせるのではなく、
その出来事から学べることを探せるようになりました。
そして、
自分が明らかに悪かったことは素直に反省する。
でも、
どうしようもないことまで、
全部自分のせいにしない。
そんなふうに、
少しずつ自分を認められるようになったんです。
だから私は、
マヤ暦を
「あなたはこういう人です。」
と決めつけるためのものとして伝えたいとは思いません。
私が伝えたいのは、
「だから今まで苦しかったんだね。」
ということ。
そして、
「自分を責めなくてもいいんだ。」
と思えるきっかけです。
マヤ暦は、
人生を決めるものではありません。
でも、
人生の捉え方を変えるきっかけにはなる。
私はそう思っています。
だからこれからも私は、
「あなたはこういう人だから」
と答えを伝えるのではなく、
「あなたらしく生きるヒント」
としてマヤ暦と向き合っていきたいと思っています。

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