我慢が足りないと思っていた

マヤ暦

私は昔、

自分は我慢が足りない人間なんだと思っていました。

転職を繰り返していたし、

履歴書を書くたびに、

職歴が増えていく。

「また続かなかった」

「もっと我慢できる人にならなきゃ」

そう思っていたんです。

でも今振り返ると、

私は仕事が続かなかったんじゃなくて、

理不尽なことを受け入れられなかっただけなのかもしれません。

私は、

自分が悪いなら受け入れられます。

改善点を言われたら、

「そうかもしれない」

と思える。

でも、

理不尽なことだけはどうしても苦手でした。

私が苦手だったのは、

頑張っている人が報われないことだけではありません。

好き嫌いで態度を変えること。

妬みや僻みで誰かを攻撃すること。

裏切ったり、
陥れたりすること。

そういうことに、

私はずっと強い違和感を感じていました。

もちろん、

世の中にはいろいろな人がいる。

それも今はわかります。

でも当時の私は、

「どうしてそんなことをするんだろう」

と本気で思っていました。

だからこそ、

そういう環境にいること自体が苦しかったんです。

そして、

頑張っている人が損をする。

誠実な人が報われない。

筋が通らない。

そういうことに、

ずっと違和感があったんです。

そして今なら思います。

私は、

我慢が足りなかったんじゃない。

自分を偽ってまで続けることができなかっただけなんだと。

私は今でも、

「続けること」は素晴らしいと思っています。

でも、

続けることだけが正解ではない。

離れることも、

やめることも、

時には大切な選択なんだと思います。

少なくとも私は、

我慢して幸せになったことはありませんでした。

人生が動いたのは、

いつも「行動した時」でした。

普通になろうとしていた

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