初めて、自分を信じてもらえた日

マヤ暦

私は、マヤ暦を「占い」として伝えたいと思ったことはありません。

むしろ、以前アドバイザーとして活動していた頃から、

少し違和感を感じていました。

「決めつけはしません」

と言いながら、

どこか決めつけているように感じることがあったからです。

だから私は、

マヤ暦を過去や未来を当てるものとしてではなく、

「自分を責める理由を減らすもの」

として伝えたいと思っています。

そんな私には、

今でも忘れられない出来事があります。


私は昔から、

なぜか人があまり経験しないような出来事によく遭遇します。

認知症で徘徊しているおじいさんを保護したことは、

これまで4回あります。

倒れている方を見つけて救急車を呼んだこともあります。

警察に連絡したこともあります。

そのたびに、

約束に遅れそうになることがありました。

普通なら、

「なんでそんなことが何度もあるの?」

と思われても不思議ではありません。

実は私自身も、

ずっとそう思っていました。


マヤ暦のアドバイザーになって間もない頃、

ミーティングの日に、

また認知症のおじいさんに出会いました。

放っておけなくて、

対応していたら数分遅れてしまったんです。

私はその時、

「新人なのに遅刻してしまった。」

「どうせ信じてもらえないだろうな。」

そう思いながら会場へ向かいました。


でも、

待っていたのは、

想像していた反応とはまったく違いました。

先輩たちは笑顔で、

「さすが、白い世界の橋渡しだね〜!」

と言って喜んでくれたんです。

怒られるどころか、

その出来事を自然に受け止めてくれました。


もちろん、

「白い世界の橋渡しだから人助けをする」

と言われたことが嬉しかったわけではありません。

一番嬉しかったのは、

「CHIELIさんなら本当にそういうことがあるよね。」

という前提で、

私を信じてくれたことでした。

私はそれまで、

「どうせ信じてもらえない。」

そう思って生きてきました。

妬まれたり、

誤解されたり、

説明しても伝わらなかったり。

だから、

あの日、

何の疑いもなく受け止めてもらえたことが、

本当に嬉しかったんです。


マヤ暦を学んで、

私の物事の捉え方は大きく変わりました。

「あなたはこういう人です。」

と決めつけられたからではありません。

「だから今まで苦しかったんだね。」

そうやって、

自分を理解するきっかけをもらえたからです。


だから私は、

今でもマヤ暦を

「過去や未来を当てるもの」

「決めつけるもの」

として伝えたいとは思っていません。

悩んでいる人が、

「だから私はダメなんだ」

ではなく、

「だから苦しかったんだ。」

「だから自分を責めなくてもいいんだ。」

そう思えるきっかけになればいい。

私にとってマヤ暦は、

未来を決めるものではなく、

自分を少し優しく見られるようになるための道具なんです。

努力は無駄にならない

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